小規模農家が使いこなすIoT&モバイルが生む価値
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Webオリジナル 2017.08.23
「人と同じで田んぼは1枚ずつ癖がある。水持ちや水はけの良さが異なるので、水量調節は時間のかかる大事な仕事です」
新潟県新発田市にて、家族4人で農業を営むそうえん農場(株式会社そうえん)の下條荘市氏は、現場の様子をこう語る。
同社は水田の見回り作業時間をIoT&クラウド型の水田管理システムで大幅に削減した。
●水田センサーIoTで見回り時間を大幅削減
田んぼに設置したセンサーが1時間ごとに水温や水位、湿度などのデータを送りサーバーに蓄積。集計されたデータはタブレットやスマホなどでいつでも確認できるので、水位の調整が必要な田んぼを選んで作業を進められるようになった。
削減できた見回り時間は別の作業に充てられるようになり、同じ人数で生産量を20%増加させることができた。「1年蓄積したデータを見ると面白い。いろいろ見えてくるものがあります。トラクターの自動運転もいずれ実用化しますし、農業はIoTや AIの活用が一気に進むでしょう」と話している。
そうえん農場は、COMPASS2017年夏号掲載直後、経済産業省の「攻めのIT経営中小企業百選2017」に選定された。
以下に、同社の歩みとシステムの内容を詳しく紹介していく。
会社名 | 株式会社そうえん(そうえん農場) |
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住所 | 新潟県新発田市横岡1910-1 |
業種 | 農業(米、イチゴ、枝豆など) |
従業員数 | 4名 |
URL | http://www.shimojo.tv/ |
後継者のいない農地を任され、広範囲に
米どころ新潟県といえども、後継者がおらず悩む農家がいる。そうえん農場はこうした農地を委託され、現在は20ヘクタールを超えるまでになった。点在した田んぼで家族4名がどう効率的に農作業を進め、おいしいお米を作るか。
●まずは点在する農地の作業管理アプリから
そうえん農場の本格的なIT活用は2011年にさかのぼる。
2002年からネットでの直販も開始し、固定の顧客がおり、ITには抵抗感がないめずらしい農家だ。この話を耳にした公益財団法人にいがた産業創造機構が、公的事業における農業関連のアプリケーションのモニターを打診。この出会いをきっかけに、新潟県のITベンダー・ウォーターセルによる農作業管理アプリ「アグリノート」が誕生した。
そうえん農場は、農業者として開発のヒントを提供する協力者であり、使いこなして成果を上げたユーザー企業でもあった。
農作業の質を高めるには、作業記録の蓄積と見直しが欠かせない。記憶と紙の記録によるものだ。そうえん農場のように田んぼが点在している場合は、記録も複雑になる。
下條氏はアグリノート導入前の様子を次のように振り返る。
「以前は毎日ノートに記録をつけていました。4年分記録ができ、ページをめくって振り返りはできるものの、どの田んぼで何をしたかの詳細まではパッとわかりませんでした」
点在する田んぼの立地はすべて頭に入っているが、住宅と違って目印や表札がないし数が多い。データで管理するための識別方法が難しいのだ。アグリノートの前に紹介を受けた農業アプリもあったが、田んぼにあらかじめIDを付け、対応させる管理方法だった。田んぼごとにIDを覚えていないと素早く記録や閲覧ができない。「これでは使えない」と感じたそうだ。
●田んぼの場所は航空写真マップで探しやすく
下條氏の意見を参考に開発したアグリノートは、グーグルマップ(航空写真マップ)に管理する田んぼの位置をポイントする。該当する場所を地図上でクリックすれば、そこで今日どんな作業をしたかを記録でき、また過去の作業履歴も閲覧できる。IDではなく「地図上の場所」で探せるので現場本位である。 屋外で使う前提であるため、タブレットやスマートフォンでの操作性・見やすさに配慮されている。
「稲を見て気になれば、タブレットから過去の記録をすぐ確認できます。その日の作業は田んぼでもできますが、私は家に戻ってからパソコンでじっくりすることが多いです。大変便利です」と下條氏は感想を話す。
作業記録を確認しながら適切な対応を行ったことで品質はさらに向上、導入の翌年は、出荷した米が100%、一等米に。
また、そうえん農場は食の安全や環境保全に取り組む農家に与えられる認証「JGAP」を取得。JGAPは圃場ごとの管理データを記録しておくことが条件になっており、アグリノートが農家の姿勢を証明するツールになった。
いつでもどこでも圃場の水量がわかり、効率的な対応に
米作りのポイントの一つに水管理があるという。
「稲とお話しながら、水量の調節をしたり肥料を加えたり。田んぼは水はけがよくて水持ちがよく肥えているのがベストですが、どこもそうとはいきませんから」と下條氏は説明する。
田植えが終わると、毎朝、水を見に回り、少なければ水を入れ、基準量になったら締める(田んぼの近くには地下に給水管が通っている)。新しく借り受けた土地は癖がわかるまで特に気を遣うそうだ。
年々増えていく田んぼの水管理に要する時間が課題になっていたとき、水田センサーアプリの実証実験に参加する機会を得たのだった。
水田に設置したセンサーが1時間ごとに、水位や温度・湿度などをサービス会社のサーバーに自動的アップするIoTのシステムであり、パソコン、タブレット・スマートフォンからアクセスして、いつでもどこでもデータを適宜把握することができる。
その場にいかなくともおおよその状況がわかり、見回りを効率的に行うことができた。冒頭に示したように、導入前と比べて同じ人数で生産量が20%アップ。
「1年分のデータがたまると、意外と面白いなと感じました。データを見ていると梅雨明けがいつだかはっきりわかる」と下條氏は笑顔で話す。
●次は東京五輪の食材調達基準に挑戦
そうえん農場は今、新たなチャレンジをしている。
JGAPの上位認証である「アドバンス」の取得だ。
この認証を取ると東京五輪の食材調達基準に入ることができる。2020年に東京でオリンピック・パラリンピックが開催されるにもかかわらず、日本でこの認証を得ている農家は圧倒的に少ないという。真摯に稲と向き合い、田んぼごとにきちんと記録を行って品質向上に努めてきたそうえん農場いはチャンスである。
「品質を客観的に証明できるのはデータです。オリンピック・パラリンピックを機に、農業におけるデータの位置づけは大きく変わるでしょう」(下條氏)
そうえん農場の米が東京五輪関係者に食されることを楽しみに待ちたい。
取材執筆:COMPASS編集企画室(取材時2017年4月)
*そうえん農場は2017年8月1日より法人化、株式会社そうえん としてスタートしました。