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世界へ挑む化粧筆 事業承継への見える化

瑞穂 専務取締役 丸山長宏氏

2014年 秋号 2016.03.23


瑞穂 専務取締役 丸山長宏氏
手にしているのは、瑞穂オリジナル商品「SUVE」(スーブ)。
洗顔やボディーウォッシュに使うデザイン性の高いスキンケアブラシ

世界で評価される化粧筆の次期戦略は?
IT活用が築く事業承継の基盤

「その伝統技術で化粧筆を作ってもらえないか」──50年ほど前、著名なメイクアップアーティストが足を運んだのが「筆の町」広島県の熊野町である。書道や絵画用の伝統的な毛筆づくり技術は、海外でも評価される化粧筆づくりに活かされた。熊野町は国内の化粧筆生産をほぼ独占。組合に登録している事業者数は約100社、町人口の約1割、1500名は筆の仕事にかかわっていると言われる。

多様化する商品と販路 次世代経営者の悩みとは

「毛筆業者は小規模事業者が多く、職人技術と事業の承継が課題。稼働率は減っています。一方、化粧筆は従業員を雇用し、大手化粧品メーカーへのOEM供給や自社ブランド商品の販売と、会社組織で取り組んでいます。町内で“競争”が発生しています」

こう話すのは、化粧筆で事業を伸ばす瑞穂の尺田泰史社長である。社内では熟練した職人と後を追う若年の職人が丁寧に手作りする姿が見られる。

瑞穂 代表取締役社長 尺田泰史氏

代表取締役社長 尺田泰史氏

 
熊野筆とは
熊野では、毛筆、画筆、化粧筆等を手作業で製造。全国一の筆の生産量を誇り、海外にも輸出されている。熊野筆とそのブランドマークの団体商標は熊野筆事業協同組合が所有している。
女子サッカーの「なでしこJAPAN」が国民栄誉賞を受賞した際、熊野筆(化粧筆)が贈られたことでも有名になった。

近年は、「依頼された既製品をきちんと作るだけでは置いてきぼりになります。提案力をいかに持つかが問われています」という。

瑞穂ホームページ

ホームページでは製造の様子を動画でも配信している。
瑞穂の化粧筆(メークブラシ)はメークアップアーティストからも高い評価を受ける。
価格はチークブラシで3000円から。

社名 有限会社 瑞穂
所在地 広島県安芸郡熊野町萩原2丁目7-35
設立 1980年
従業員数 34名
事業内容 化粧筆・洗顔筆・ネイルデザイン用筆・ 画筆の製造及び販売
URL http://www.mizuho-brush.com/
オンラインショップ http://mizuhobrush-shop.com/

会社設立から30年を迎えようとした2007年、瑞穂にも事業承継の時期が近づいてきた。後継者となる専務取締役の丸山長宏氏(尺田社長の義理の息子にあたる)への、承継の準備が始まった。

丸山専務は次のように振り返る。

「当社の事業構成は、入社前の主力であった①国内OEMに加え、あらたなチャレンジを経て、②海外OEM、③④自社ブランドの国内・海外各事業と4事業に分化されました。また、自社ブランド商品の百貨店催事、ネット販売や、2008年から海外見本市に継続出展しロシアから大口のOEMを受注するなど、取引が多様化してきました。商品数や顧客が増えると生産プロセスの交通整理が必要になり、また事業の利益構造などを正確に把握する必要が出てきました」

尺田社長は「体で覚えろというタイプ」というが、同じやり方では前に進めない。

熊野筆 瑞穂 丸山専務

その際に着目したのがITだった。

丸山専務は「4つに多角化した事業経営をわれわれ次世代経営層3名(専務、社長長女、二女)でモノにするには、ITの活用が不可欠。なんとかITを使って現状を見えるようにしたい」と考えた。そして2011年、交流のあった中小企業基盤整備機構中国本部の勧めでITコーディネータ(ITC)の専門家派遣を受けることにした。

瑞穂はITC慶徳晴司氏のアドバイスのもと、まず業務の棚卸・5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)に取り組む。その後、生産の進捗管理、事業ごとの利益の見える化などを進めた。

mizuho_office

ブラシは穂先が命。職人が手作りする。女性も多い。

慶徳氏が心がけたのは、「現場の自主性を大切にし、お金をかけずに未来をシミュレーションできるIT活用」だ。例えば工程管理については全工程を逐一記録するのではなく、納期から逆算してボトルネックとなる工程に着目した管理を提案した。(下図、S-DBRツール)

瑞穂のIT活用の取り組み

利益の把握については、売上データはあったが、原価と有機的につなげていなかったため、既存の販売管理システムに原価を入力してデータ分析を行えるようにした。また、無料のツール(「マイツール」)による集計なども進めた。

データを有機的に連携 見えることが自信を生む

投資額はわずかだったが効果は大きかった。丸山専務は次のように打ち明ける。

「事業ごとの粗利率も明白になり、価格交渉や原価削減、さらにどの分野に力を入れるべきかなど、経営判断がしやすくなりました」

またIT導入の過程ではキー社員層である正社員全員参加でディスカッションを繰り返した結果、仕事への興味や参加意識が高まったという。

「4つの事業を動かすなかで、自分の経営スタイルをどう作るかが課題でしたが、今回のITの取り組みを通じて、やっていけそうだ、という自信が生まれてきました」

丸山専務は事業承継への確かな手ごたえをつかんだようだ。尺田社長は、できるだけ口を挟まず、その姿を温かく見守っている。

今後は製造技術の伝承や多能工化にも取り組んでいく。伝統に甘んじない挑戦の姿勢は瑞穂の可能性をさらに引き出すはずだ。

※瑞穂は、中小企業IT経営力大賞2014にて全国商工会連合会会長賞を受賞しました。

 

サポーター紹介

ITコーディネータ 慶徳晴司氏ITコーディネータ・ 中小企業診断士
慶徳晴司氏

大手自動車メーカーに勤務後、独立して経営コンサルタントとして活動。中小企業の経営戦略や生産管理には特に力を入れている。

現在は中小企業基盤整備機構中国支部のCIO育成チーフアドバイザも務めている。

瑞穂へは、機構の専門家派遣で2年間支援し、その後は個別契約にてサポートを継続中だ。

慶徳氏のモットーは「お金や工数をあまりかけずに効果を見出していくIT活用の指南」。既存システムの活用や分析ツールの導入で、必要な数値を取り出せるようアドバイスを行った。

丸山専務は「隠れていたものが見え、社内のモチベーションも上がってきました。引き続き相談していきたい」と笑顔で話す。

慶徳氏は、「伝統工芸を手掛け地域で雇用を確保されている瑞穂さんは、地域からの期待も大きいと言えます。事業承継モデルとしてさらに良い会社になってほしい」と期待を込める。